Sunday, October 30, 2011

立てる理由



多くの生徒を
教えていて

思う。


難しい。。


何が
難しいかって

自分の中にある
恐れと

向き合うこと。


目の前に
置かれている

その子を

本当に
「教えたい」と


心を尽くして
向き合うなら


その子が
聞きたいこと。

その子の期待に
応えること。


ばかりは
言えない。


その子が
嫌がること。

その子が
むかつくこと。


それを
知っていて


でも


言わないといけない。
伝えないといけない。


自分の印象を
守るのか。


自分のことよりも

その子のことを
大切にするのか。


いつも
問われてる。


適当に
教えるなら

わざわざ

嫌われると
わかっていることを

言う必要は
全くない。


その子が
聞いていて

気持ちのいいこと。

それだけを
言っていれば

自分の立場を
悪くする

必要もない。


わざわざ
重い十字架を

背負う
必要もない。


でも


目の前に立っている
その子の将来に

誠実を
尽くすならば


痛みを伴う


面倒くさい
道を


避けることは


できない。


私は

そんな
多くの人の


痛みや勇気


愛よって
費やされた


多くのものの
ゆえに


ここに
立っている。


忍耐をもって
費やし


愛し続けてくれた
こと


その
ぎせいによって


私は
生かされている。


忘れたくない。
無駄にしたくない。


その愛に
応えたいから。


私は


私の十字架を


今日も
背負いつつ
向き合いつつ


歩みたいと
願う。